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八朔とは?由来や意味・京都祇園の挨拶回りや食べ物をわかりやすく解説

黒紋付の着物姿で京都の街を歩く芸妓たちと提灯の風景 旧暦行事

2027年の八朔は9月1日です。

八朔とは

八朔(はっさく)は、旧暦の8月1日に行われる日本の伝統的な行事です。「八」は8月、「朔」は1日(新月の日)を意味しています。旧暦に基づくため毎年日付が変わり、だいたい8月下旬から9月下旬に巡ってきます。

古くから、日頃お世話になっている人に感謝の気持ちを伝える日として大切にされてきました。もともとは農家が実り始めた早稲(わせ)の初穂を恩人に贈る風習でした。「田の実(たのみ)」が「頼み」という言葉に通じます。「いつも頼みにしております」という意味を込めて贈り物をする日へと発展しました。現代のお中元やお歳暮のルーツとも言える行事です。

由来と歴史

八朔の起源は古く、鎌倉時代から室町時代にかけて武家や公家の間に広まりました。もともと農家の風習だった「田の実の節句」が変化したためです。目上の人や主君に贈り物をして忠誠を誓う儀式となりました。室町幕府や江戸幕府では、諸大名が将軍に祝いの品を献上する公式行事として定着しました。

江戸時代には、八朔は「五節句(ごせっく)」に次ぐ大切な祝日として扱われました。武家だけでなく庶民の間にも広がりを見せました。吉原などの花街(かがい)では、遊女たちが白い着物を着て客を迎える風習も生まれました。

明治時代になって新しい暦が使われるようになると、公的な行事としての八朔は姿を消しました。しかし、京都の花街や一部の地域では、古くからの伝統をそのままの形で受け継いでいます。

何をする日か

日頃の感謝を伝えるために、お世話になっている人へ挨拶に伺います。

  • 職場の上司や習い事の先生に感謝を伝える手紙や品物を贈ります
  • 京都の花街では芸妓(げいこ)や舞妓(まいこ)がお茶屋に挨拶に回ります
  • 地域の神社で豊作を祈る八朔祭(はっさくまつり)にお参りします

現代の一般家庭では特別なことをする機会は減りました。しかし京都の祇園(ぎおん)では今でも八朔の伝統が色濃く残っています。芸妓や舞妓が黒紋付(くろもんつき)の正装を身にまとって挨拶に向かいます。「おめでとうさんどす」と声をかけながら、お茶屋や師匠の家を順番に訪ねて回ります。街を歩く華やかな姿は京都の夏の風物詩として親しまれています。

食べるもの・供えるもの

八朔には、初穂に見立てた食べ物や、地域の特産品をお供えする風習が残っています。

昔は、収穫したばかりの稲穂をお供えしたり、お餅をついて近所に配ったりしていました。現在でも、果物の「ハッサク(八朔)」はこの行事の名前にちなんで名付けられたと言われています。

また、香川県の一部地域では「八朔だんご馬(だんごうま)」と呼ばれるお菓子を作ります。米粉で作った大きなお馬のお菓子で、男の子の健やかな成長を願って作られます。色鮮やかに飾られただんご馬は、お祝いの席を華やかに彩り、最後は家族で切り分けて食べます。

準備はいつから

手紙や品物を贈る場合は、当日の2週間前までに宛先や贈るものを決めて手配しておきます。お中元の時期と少しずれるため、秋の気配を感じられるような季節のお菓子を選ぶと喜ばれます。

地域の八朔祭に参加する場合は、当日の数日前までに神社の開催日程を確かめておきます。旧暦に合わせて9月に行う神社もあれば、新暦の8月1日に行う神社もあります。あらかじめ公式の案内を確認しておくと安心です。

京都の祇園で挨拶回りを見学したい場合は、猛暑の中での見学になることが多いです。帽子や飲み物などの熱中症対策を万全にしておきます。芸妓さんや舞妓さんの迷惑にならないよう、道を塞がないことが大切なマナーです。

地域による違い

八朔の風習は、地域によって大きく形を変えて残っています。

京都府や福井県の一部では、子供の健康を願って「八朔地蔵(はっさくじぞう)」のお祭りが行われます。熊本県では、竹や藁(わら)を使って巨大な作り物を街に飾る「八朔祭」が有名です。熊本の八朔祭では迫力ある大造り物が街を練り歩きます。

また、香川県の三豊(みとよ)市周辺では、先述の「だんご馬」を飾る風習が残っています。端午の節句(たんごのせっく)と八朔のお祝いが結びついた珍しい例として知られています。

よくある疑問

今からでも誰かに贈り物をしてもよいですか

はい、もちろん大丈夫です。お中元を出しそびれてしまった場合などに、「八朔の御祝」として贈り物をするのも一つの方法です。「日頃の感謝をお伝えしたくて」と一言添えれば、相手にも気持ちが伝わります。大げさなものでなくても、季節のお菓子やちょっとした手土産で十分です。

なぜ香川県で「だんご馬」を作るのですか

はっきりとした由来はわかっていません。一説には戦国時代の武将が活躍した姿を馬に見立てて称えたのが始まりとされています。男の子が馬のようにたくましく育ってほしいという親の願いが込められています。手作りのだんご馬は、大きいものでは数十キロになることもあります。

柑橘の「ハッサク」と関係はありますか

はい、名前の由来になっています。柑橘のハッサクは江戸時代に広島県で発見されました。当時の住職が「八朔の頃には食べられるようになるだろう」と言ったことから付けられたとされます。実際の食べ頃は冬から春にかけての時期になります。

今後5年間の八朔

  • 2027年9月1日(水)
  • 2028年9月19日(火)
  • 2029年9月8日(土)
  • 2030年8月29日(木)
  • 2031年9月17日(水)
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